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黒人と白人のミックスが犯罪だった時代 "Born a Crime"

トレバー・ノアの「Born a Crime」をオーディオブックで聴いた。

Born a Crime: Stories from a South African Childhood

Born a Crime: Stories from a South African Childhood

  • 作者:Noah, Trevor
  • 発売日: 2017/09/19
  • メディア: ペーパーバック
 

南アフリカ出身で現在アメリカのThe Daily Showで司会を務めているトレバー・ノアの半生を本人が綴った本だ。彼が生まれた頃まだアパルトヘイトは廃止されていなかった。異人種間で性的関係を結ぶことが禁じられていたアパルトヘイト下の法によれば、白人と黒人のミックスである彼の存在は犯罪に当たる。それがタイトル「Born a Crime」の意味するところだ。

トレバー・ノア 生まれたことが犯罪! ?

トレバー・ノア 生まれたことが犯罪! ?

 

トレバーは現在、世界中でもっとも成功しているスタンダップコメディアンのうちの一人だろう。The Daily Showアメリカの夜のコメディーショーの中では1、2を争う人気で、そこで司会をするというのは非常に大きな業績である。

スタンダップは差別やステレオタイプまでも対象にして笑いを取るエンターテイメントだが、時に差別の背景の理解を怠ったままジョークにすることもあるし、観客によってはそれが野放しにされていることもある。トレバーはそこらへん非常に慎重で、社会の不公正が生じる構造をきちんと理解した上で鋭いジョークを放つところが好きだし安心できる。

 

そんな彼がこの本では、高校時代は南アフリカのスラムに出入りして盗難込みでお金を稼いだり、車を盗んだとの容疑をかけられて拘置所に入れられ、ギャングのふりをして周囲を威圧したなどの話をしている。WOWWOW想像できなさすぎ。

母と弟とバスに乗ったらその運転手に殺されそうになり、逃げるために母に走るバスから突き落とされた話は、深刻な話なのだが描写があまりに見事で彼の語りにのめり込み、これが彼の自伝であることを忘れそうになってしまう。

 

最終章は「My Mother's Life」という章で、彼のお母さんと再婚相手のDVについて話している。母が殴られて何度警察に飛び込んでも、どちらも警察と再婚相手がお互いに「わかるだろ?よくあるよなこういうこと」「こういう女いるよな」と言い合って結局何もしなかったことを、「It was like a boys' club.」と言っているのが印象的だった。「It was not the police's first. Men's first, and the police's second.」とも。

 

黒人と白人のミックスとして南アフリカで育った彼のエピソードを通じて、イギリスの植民地支配やアパルトヘイトが社会にもたらした分断が多様な角度から少し浮き上がってくる気がする。もちろん彼の話は全体の一部分に過ぎないのだが。この分断は南アフリカだけが経験することでも、過去のものでも、私がへえひどいと言って責任から逃れられるような話ではない。

でもコメディアンとして笑わせにきてるだろこれ…みたいな箇所もたくさんあって、問題から目は背けられないんだけど、でも笑ってしまう。両立させるのが彼のすごいところだと思う。

Spot the Africa

彼のスタンダップNetflixに3つ上がっている。全部面白いというか、私はこれを観て猛烈にスタンダップにハマったのを思い出した。*1

特に「Son of Patricia」で、イギリス軍が到着した時のインド人を演じたスキットが本当に死ぬほど好き…。

www.netflix.com

このほかにもYouTubeにもいくつか彼のショー動画があり、特にThe Daily Showは基本的に全ての放送を小分けにしてYouTubeに上げている。

ちなみにThe Daily Showは政治の時事ネタが題材なので、これを観て、出てきた固有名詞や気になった事件の背景を調べれば、アメリカのリベラルインテリ層とは話が全然できる気がする。(リベラルインテリ層というのがミソですが)

 

特に好きなのがこれだ。

www.youtube.com

まだThe Daily Showの司会が前任のジョン・スチュワートだった時で、トレバーは新人のコメディアンとして紹介されている。アフリカについて話しているのだが、しょっぱなからアフリカをかわいそうなものとして無意識に扱う「先進国」の人々を粉砕する。

Jon: You just flew from Africa to America yesterday, right?

Trevor: Yeah. I just flew in and boy my arms are tired!

Jon: Okay, all right there. Oldie but a goodie. Very nice.

Trevor: No, no, seriously, I've been holding my arms like this since I got here. Yeah, I never thought I'd be more afraid of police in America than in South Africa. It kind of makes me a little nostalgic for the old days back.

 

ジョン: 昨日アフリカからアメリカに飛んできたんだよね。

トレバー: そう。飛んできたばっかりで腕が疲れたよ!*2

ジョン: ああ〜…オッケー?古いけどまあ、良いジョークだね。

トレバー: いやいや、本当に。アメリカに着いてからずっとこんな風に腕を上げていたから(警官に降参する時のポーズ)。南アフリカよりアメリカでの方が警察を怖がらなきゃいけないとは思ってもなかった。アパルトヘイトを思い出させてくれて懐かしいね。

殺傷力のでかさ、そしてこれをアメリカ人の観客に向ける度胸よ。このスキットを用意したスタッフもすごいし、観客も最初引きながらも結局爆笑してるのがいい感じである。

 

このあともアフリカに関する無知を悪気なく晒すジョンと、それを静かに鋭く正すトレバーのやりとりが続く。最後トレバーはこう言う。

Trevor: I've got to be honest, Jon. Africa is worried about you guys. you know what African mothers tell their children every day? "Be grateful for what you have because there are fat children starving in Mississippi." In fact, we are so worried that me and some of my friends in Soweto got together and I told them, I said guys, for just a few pennies a day, you can help an American.

Jon: That's very kind, Trevor.

Trevor: Now they're expecting something from you in return. they're expecting at least a letter a month. If you want, you know what, you can just draw a picture.

Jon: Will you put it up on the fridge? That's nice.

Trevor: Oh and you know what? We wrote a song for you as well. Goes a little something like this

♪ feed America.

♪ let them know it's Christmas time.

 

トレバー: 正直に言うとさ、ジョン。アフリカは君たちのことを心配してるよ。アフリカの母親が子供に毎日何を言ってるか知ってるか?「自分が今持っているものに感謝しなさい。ミシシッピでは太った子供が飢えてるんだから」って言うんだよ。実際僕とソウェトにいる友達はアメリカが心配すぎて、お金を集めてきた。一日数ペニーでアメリカ人が救える、って言って集めたんだよね。(硬貨が入った入れ物を取り出す)

ジョン: …親切にありがとう。

トレバー: このお金の見返りを待ってるよ。少なくとも1ヶ月に1回の手紙とか。もしやりたかったら絵を描いてくれてもいいよ。

ジョン: 冷蔵庫に貼ってくれる?いいね。

トレバー: あ、あと知ってる?君たちのために歌も作ってきた。こんな感じ

アメリカに食料を

♪ クリスマスであることを知らせてあげよう

 

当然だがこれは台本ありきの番組なので、ジョンの言っていることは彼の自然な発言ではなく、「一般的なアメリカ人」像に基づいて書かれた台詞だ。

 

この「一般的なアメリカ人」とトレバーのやりとりが示しているのは、南アフリカアメリカに優っているとかいうことではなく(トレバーは南アフリカの一部は今でも相当混乱していることにも触れている)、

アフリカの一部が安定していないことを理由に、アフリカに住んでいる人をバカにしていないか?あなたたちが「遅れたアフリカ」の問題としているものは、実はあなたたちの中にもあるものではないのか?

ということだろう。

 

そしてこれは全くアメリカに限定する話ではない。特にアフリカの子供への募金のところは私も小学校での募金活動を思い出してウッッッッとなった。募金や支援をすること自体が悪いとかではなく、募金や支援をすることで、無意識のうちに相手を見下していませんか?ということだ。自らの子供としての純粋さを信じたくなるが、実際は多分「こんなひどい目にあうのが自分じゃなくて良かった」って思ってたよね・・・・・・・・・・そんな感情で「「「支援」」」されるの冷静にうざ・・・・・・・・・・・・

 

最後にトレバーが歌い出すFeed America~! という歌、何の替え歌だったっけ?と思ってググったら、1983〜85年のエチオピア飢饉を受けて作られた「Do They Know It's Christmas Time」だった。その時の有名なアーティストが集まってレコーディングしたらしい。2004年、2014年にも違うメンバーで録音されており、2014年の録音はエボラ出血熱流行への募金集めが目的だったそう。

 

改めて歌詞を見ると相当やばくてビビる。

And there won't be snow in Africa this Christmas time

The greatest gift they'll get this year is life

Where nothing ever grows, no rain or rivers flow

Do they know it's Christmas time at all?

アフリカではこのクリスマスには雪は降らない

今年の彼らにとって一番良い贈り物は命

何も育たない土地、雨もなく川もない

彼らは今クリスマスだということを知っているのだろうか?

この箇所はさすがにやばすぎると思ったのか、2014年版では大きく変更されていた。しかし、2014年版も批判を免れなかったことがWikipediaに書いてあった。

On 18 November, Liberian Robtel Neajai Pailey, a researcher at the School of Oriental and African Studies argued, on BBC Radio 4's Today, that the question "Do They Know It's Christmas" was meaningless, as most of the victims were Muslim. She described the song as "unoriginal and redundant" and said that it was "reinforcing stereotypes", painting the continent "as unchanging and frozen in time" and was "incredibly patronising and problematic." (中略)For Al Jazeera Paley wrote "It reeks of the "white saviour complex" because it negates local efforts that have come before it."

 

11月18日、東洋アフリカ研究学院の研究者であるリベリア人のRobtel Neajai Paileyは、BBC Radio 4's Todayという番組で、「今クリスマスだということを知っているのだろうか?」という質問自体、ほとんどの犠牲者がイスラム教徒であるため、意味がないと批判した。 彼女はその歌を「使い古されていて冗長」であると説明し、それは「固定観念を強化」し、大陸を「不変で時が止まったように」描いており、「信じられないほど恩人気取りで問題がある」と述べた。 (中略)Al Jazeera Paleyは、「(この歌は)それまで行われてきた地元の取り組みを全く無視しており、『白人の救世主コンプレックス』のようなものの現れだ」と書いた。

 

(引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Band_Aid_30#Critical_reception

募金や支援をするなら、2010年代にもなって見下してるの丸出しな歌のリメイクなんてやってないで、その地域の作曲・作詞家を起用して新しい曲を作れよ…と思う。ただ、同時にこれを欧米の話とだけ捉えないで、自分の言動こそを見直し監視する必要がある。

 

Black Lives Matter関係の投稿で、「Love is the answer.」とかいう画像をちょこちょこ見かけたのだが、私はこの差別とか偏見の話に愛を持ち出すのがすごく気持ち悪いと思う。愛してても差別するだろ。愛してるからこそ差別構造に乗っかることを強要し、差別を助長することもある。

アフリカの子供達の募金活動に参加した幼き私や、「Do They Know It's Christmas Time」を作詞した人、参加した音楽家は、アフリカをバカにしようとして集ったわけではないだろう。100%善意。愛と言ってもいいのかもしれない。しかし愛や善意は内心バカにしている人間にも向けることができる。だからマジでマジで常に自分の行動を注意深く見つめる必要がある。自戒!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

*1:完全に余談だが、私はNetflixで英語字幕を出しながらスタンダップを永遠に観ていた時に飛躍的にリスニング能力が向上した。英語字幕を見ながら映画や動画を観ること自体リスニングの練習としてすごくいいと思うけど、加えてNetflixは多様なコメディアンを特集してるので、幅広いアクセントに慣れられたんだと思う。好き嫌いがあるので万人に勧める訳ではないが、私は爆笑してたらいつのまにか英語力が爆上がりしてて最高だった

*2:"I just flew in and my arms are tired!"というのは飛行機で来たことと、「(腕を広げて鳥のように)飛んできたので、腕が疲れた」ということをかけたジョーク。